M1村田宏彰公認会計士事務所
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「強い」という場合、どういう形で強いというのだろうか。
普通、たいていの人は自らの勝ちバターンを見つけ、それで勝負する。
独自の戦法を研究し、磨きをかけ、『○○流』と呼ばれるいわばパターン戦法で一世を風靡したり、あるいは、連勝してタイトルを奪取したりする。
しかし羽生氏の場合は、どうもそれとは異なるようなのである。
オールラウンドにどんな戦法でも使いこなしてしまい、しかもめっぽう強いときているからである。
どんな勝負でも、怖さを感じるのは、相手が伝家の宝刀を抜くとき、つまり、相手の勝ちパターンにはまりつつあるときだろう。
それとも、いかにそのパターンにはまらないようにするか、脅えつつ戦うときだろう。
それが相手の強みにもなるわけだが、羽生氏には『羽生マジック』という言葉はあるが、では、それがどういうパターンかと言うと、一定のパターンはなく、その時々で全く違う。
勝つための必然性はあるが、その手法は多彩で、最初から予想できるパターンではない。
そこに恐ろしさがある。
何故なら、いつどういうときにそれが出るのか、既に出ているのか、あるいは、まだ出ていないのかすらも、後になってみないとわからないからである。
史上最強の棋士と言われる大山康弘名人の口癖は、「将棋を指しているときが一番楽しい」であった。
その大山名人の存在を大きな励みとする羽生氏にとって、真剣勝負である実践こそが、一番の研究の場であるようだ。
大きな勝負でわざと危険を冒すこともあるという。
だからこそ、「戦い方のオプションは、毎年増えている気がします」と、こともなげに言うのだろう。
『強み』が、時間の経過とともに『弱み』へと変わっていくことは往々にしてあることだが、その『強み』がパターンでないなら、いくら外部環境が変わっても負けることはない。
強いはずである。
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